2012年02月

太宰府 都府楼全景

073
 ひと際大きな礎石がある中心部から朱雀大路方面を望む。
 子供たちの遊び場であり、散策の場所でもある。

太宰府 「都督府古址」

072 都府楼跡にある石碑には「都督府古址」とある。
 「都府」、「都督府」。ともに、中国王朝に服属する周辺国の都に相応しい呼称だろうと思う。それが、ここにあった。

太宰府 都府楼跡

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 公式には「太宰府政庁跡」。
 柿本人麻呂は「遠(とお)の朝廷(みかど)」と呼んだ。
 菅原道真は「都府楼」と呼び、地元の人は今も「都府楼」と呼び習わしている。
 礎石が規則正しく並ぶ建物跡。建物群は左右対称に配置され、回廊が取り囲む。

太宰府 天満宮

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 九州に戻って以来行きたかった場所。ようやく天神さんにご挨拶が出来た。
 左手前は飛び梅。一輪の白梅が咲いていた。春遠からじ。

吉野ヶ里 鳥居?

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061 各区画の入り口には、二本の柱と横木を組み合わせた鳥居のような門のようなものがある。その上には木製の鳥が備え付けられている。だから「鳥居」か。
 「悪霊退散」といったところだろう。

吉野ヶ里 北内郭

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 集落の中心部。最大の建物が建つ。主に祭祀が行われたとみられている。

吉野ヶ里 北墳丘墓

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 実際の発掘現場を上屋で覆って展示している。
 甕棺は実物という。

吉野ヶ里 城柵

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 斜面に伸びた陰が面白かった。

吉野ヶ里 物見櫓から

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 南の内郭、北の内郭など、環濠集落の中も柵や環濠で仕切られている。
 この柵は、いざという時に物の役に立ったのかなという気もする。

吉野ヶ里 環濠

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 遺跡は脊振山地(右奥)の南側の平地に位置する。
 博多湾からは少々距離があるので、大陸の脅威を直接受けないで済む。
 近くに川もあって農耕にも適した土地で、さぞ栄えたのだろうなと思う。

吉野ヶ里 竪穴式住居の内側

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 少々明るくしすぎた。隅には木製の鍬や鋤といった農工具や須惠器などが並ぶ。

吉野ヶ里 竪穴式住居

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 こういう住まいも悪くなさそうに思えるから不思議。

吉野ヶ里 物見の櫓

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 奈良の「吉野」は平らな場所などほとんどないが、こちらの「吉野」は広々とした平野にある。

嬉野温泉 お地蔵さんの灯籠

017 もう少し数を増やして街中を賑やかにすれば良いのにと思う。

嬉野温泉 ダルマの灯籠

015 こちらは達磨。

嬉野温泉 招き猫の灯籠

016 街中に、ねぶたのようなオブジェがあった。

嬉野温泉 目抜き通り

013005
昔ながらの温泉街。ちょうど灯籠祭りのようなものが行われていて、通りの両側には10㍍程度の間隔で行燈が並ぶ。一つ一つに、応募で選ばれたらしい俳句が書かれていた。

 

嬉野温泉 灯籠

008
 豊玉姫神社の境内。
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