2009年01月

神倉神社 参道脇で

 大きな切り株に育つ若木。熊野は蘇りの地であると聞いていただけに、つい目に入った。
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神倉神社

 熊野速玉神社が新宮と呼ばれるのは、熊野本宮大社に対してのことかと思っていたが、実は本つ宮は、この神倉神社だという。
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神倉神社とゴトビキ岩

 この巨岩が御神体。ゴトビキはヒキガエルの意味だと聞いた覚えがある。注連縄がかけられていて、窮屈そうに建つ社殿は至って質素。
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神倉神社 参道の途中

 火神社(左)と中ノ地蔵堂(右)が一つの鳥居の内側に並ぶ。しかも、ともに神社様式。ここには神仏習合が今もしっかりと根付いている。
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神倉神社 急峻な参道

 距離こそさほどではなかったが傾斜がきつかった。
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神倉神社 参道登り口

 先日の熊野三山詣での際、遠くから見かけて以来気になって仕様がなかった神倉神社。ようやく行けた。
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安乗崎

 燈台の上から見た岬。
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安乗崎燈台

 「喜びも悲しみも幾年月」の舞台となった燈台。
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英虞湾

 筏は真珠養殖。
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志摩の朝焼け

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熊野那智大社

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青岸渡寺

 右が青岸渡寺の本堂、左は熊野那智大社の社殿。
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那智の滝 その二

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那智の滝

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熊野速玉大社

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大斎原の大鳥居

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大斎原

 「おおゆのはら」と読む。熊野本宮大社の旧社地。明治22年の大洪水で熊野川近くにあった社殿が壊滅し、現在地に移されたが、旧社地は聖地として綺麗に保存されている。平安時代に盛んに行われた熊野詣の終着地であり、生まれ変わりのスタート地点でもある。
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熊野本宮大社

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補陀洛渡海の舟

 四方を鳥居で囲み、小屋の出入り口は外から釘打ちしたという。
 奈良時代から江戸時代にかけ計25人の僧侶たちが、わずかな食糧とともに乗り込み、観音浄土を求めて大海原に旅立ったとされる。
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補陀洛山寺

 寺に伝わる伝説では紀元4世初めの開基という。仏教伝来の定説より2世紀も早いが、私はそれを信じる。補陀洛(ふだらく)は観音浄土を意味するポータラカ。
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